名古屋高等裁判所 昭和31年(け)34号 判決
(一) 原決定は「上告人は昭和三十年十一月十五日名古屋拘置所の担当看守内山勘一に対し保釈願及び上告申立書の作成等を申出て同看守は書類受付簿に右申出の趣旨を書留めたが書類の認書はすべて書信係の担当員が書信認書室に於て認書させることとなつているので同日午後書信係担当看守恩田照二は上告人を書信認書室に連行しその望むところのものを認書提出させた」と認定したが、右は事実誤認である。即ち、昭和三十年十一月十五日朝申立人は担当の内山看守に上告申立を依頼したところ、同日午後書信担当恩田看守より「保釈願が申込んであるから今から書け」と言われ、書信場に連れて行かれた上、同看守の指示に従い保釈願を書いた、此の場合、保釈願以外の書類は書くことが許されない規則になつて居り、申立人の「望むところのものを認書提出」したものではない。之は内山看守は申立人より上告申立の依頼を受けた際、書類受付簿に保釈願のみを記載し、上告申立書を記載することを忘れたためであり、上告申立期間内に上告申立のなされなかつたのは内山看守の右過失によるものである。
(二) 昭和三十年十一月十五日申立人は名古屋拘置所担当看守に対し上告申立をなす旨申出たところ、同看守は即時帳簿に記入し右申出を承認し乍ら、之を忘却し、上告申立期間を徒過したものであるから、刑事訴訟法第三百六十六条第二項、刑事訴訟規則第二百九十七条後段に違背し、本件上告申立期間徒過の責任は右名古屋拘置所の長又はその代理者にある。仮りに、右主張が認められないとしても、監獄の長又はその代理者は被告人が裁判所に申立しようとするときはつとめて便宜をはかるべき義務があるに拘らず、右名古屋拘置所の看守は申立人が上告申立をなすにつき便宜をはからなかつた。之は刑事訴訟規則第二百九十七条前段に違背するものであり、本件上告申立期間の徒過の責任は右名古屋拘置所の長又はその代理者にある、と言うのである。
依て、按ずるに、先ず(一)につき。
本件記録中の内山勘一尋問調書によれば、昭和三十年十一月十五日朝内山看守は本件申立人より上告及び保釈の申出があつたので、同看守は帳簿に「保釈等」と書いて、書信場担当の恩田看守に連絡したと供述しているが、恩田勘〓尋問調書によれば、右書信の帳簿には「保釈願」と記載してあつたと供述しているところから見れば右内山看守の供述は措信し難く内山看守は申立人から上告申立についても依頼を受け乍ら、右帳簿に記載しなかつたものと認むべく従つて〓恩田看守は右帳簿の記載に基き、申立人に保釈願のみを書くべきことを指示し、申立人を書信場に連行し、申立人も亦、右指示に従い保釈願を認めた。かかる場合、右帳簿に記載してある事項以外の書面は作成することを許されないことになつているので、申立人は保釈願を書いたのみで恩田看守に提出し、それ以外上告申立書の作成については双方共何等触れなかつたことが、右恩田尋問調書、本件申立人の申立書により認められる。従つて、原決定判示の如く、申立人の「望むところのものを認書提出させた」ものではない。原決定に此の点について認定の相違があり、当裁判所認定の通り、内山看守が受付簿に上告申立書を記載することを忘れ、その結果申立人は書信場に於て保釈願のみを書くことを指示せられ、その際は上告申立書を作成すべき機会を失したものとするも、之により原決定の結果には何等影響はない。即ち、本件に於て申立人の上訴権回復請求の根本の趣旨とするところは、申立人は担当看守に上告申立をする旨口頭で申出ておいたので、それさえしておけば拘置所に於て一切の手続をしてくれるものと思つていたところその手続がなされていなかつたため自己の責に帰すべからざる事由により上告申立の期を失したと言うにあるが、一件記録によれば、被告は元刑務官として勤務していた経歴を有し、尚第一審判決に対し控訴申立をした際控訴申立書に署名指印をした経験があることに徴すれば上訴申立については相当の考慮が払わるべきものであり、担当看守に只一度口頭により上告申立を依頼したこと(上告申立手続の依頼であれ、上告申立書作成許可方の依頼であれ)を以つて足れりとしないで、上告申立書を作成すべきことを依頼したものならば速かに作成せられんことを督促し、之に自ら署名指印すべきことを申出るべきであり、又自ら上告申立書を作成せんとし、その作成許可方を願い出ておいたものならば、仮令その初回に担当看守の過失により上告申立書を作成する機会を与えられなかつたとしても直ちに再び上告申立書作成の許可方を願い出るべきものであり、その期間の余裕も十分にあつたに拘らず、申立人はその後一回も之を確かめることさえもしないで、上告申立期間を経過したのは、結局申立人の自らの責に帰すべき事由により期間内に上告申立をしなかつたものと言うべきである。依て、申立人の本異議理由は失当である。
(二)について。
刑事訴訟法第三百六十六条第二項、刑事訴訟規則第二百九十七条後段は「被告人が自ら申立書を作ることができないとき」に監獄の長又はその代理者が上訴申立書を代書すべき旨の規定であつて、申立人が無筆でないことは本件異議申立書の記載等により明白であり病気その他の事由により自ら申立書を作ることのできない事由を認むべき何等の証拠がないから申立人には右法条の適用がないのみならず、前記内山、恩田の各尋問調書によれば、名古屋拘置所に於て申立人が上告申立の代書を依頼した事実のないことが認められるから、申立人の右法条違背の異議事由は理由がない。又、在監の被告人が上訴申立をしようとするときは監獄の長又はその代理者がつとめて便宜をはかるべきは当然のことであるが、之を規定した刑事訴訟規則第二百九十七条前段は訓示的な規定たるに過ぎず、仮令前記認定の通り、名古屋拘置所の担当者に於て申立人の上訴申立につき便宜をはかる措置に多少の落度があつたとしても、右の通り、本件上告申立の徒過は申立人の自らの責に帰すべき事由に因り生じたものであり、右多少の落度を以つて監獄の長又はその代理者に上告期間徒過の責任ありとなすに足らない。依て本異議申立理由も失当である。
(裁判長判事 高橋嘉平 判事 伊藤淳吉 判事 梶村謙吾)